夜行月報

“夜更かし”から“新しい”をみつけるためのブログ

" スイカ先生 "が私に教えてくれたこと

大事なことは全部スイカが教えてくれた

夕飯の買い出しに出かけようと家を出ると、むわっとした熱気が体にまとわりついた。

じめじめとしつこい暑さ。これだから日本の夏は嫌いだ。

今にも泣きだしそうな空を懸念して、折りたたみ傘を1つもっていく。気が付けば、曇り空を見上げるだけの日々が続いていた。

じきに夏がやってくる。

 

この季節になると、私は嫌でもあの緑の玉のことを思う。

なぜなら、私は" 彼 "から人生の"いろは"を教わったからだ。

私とスイカと

私は昔からスイカが好きだった。

みずみずしく食欲をそそる真っ赤な果肉。それにかぶりついた瞬間、あふれる果汁が夏場の乾いた体を一気に潤していく。

あの瞬間が、たまらなく好きだったのだ。

外側を走る黒い稲妻模様も、小学生の私にとっては「イカした」ものに思えていた。

 

私のスイカ好きの程度は尋常ではなかった。

母や祖母がスイカを買ってこようものなら、私一人で全体の半分を平らげた。

子供会のキャンプでは、友人たちがカエル取りに興じている中、私1人だけはスイカにかじりついていた。

そんな私を、母はコオロギだ、カブトムシだとからかった。

少し癪に障ったが、しかし怒りはしなかった。

むしろその程度の悪口で、「沢山のスイカを食べられるキャラ」なれるなら安いものだと思った。

 

夏休みのある日、祖母の知り合いが、とても大きなスイカを「おすそわけ」だと言って持ってきてくれた。

直径30センチ弱もある大玉だ。

祖母が早速包丁を入れると、宝石のように光る果肉がにんまりと顔を出した。

私は狂喜乱舞した。こんな太陽のごときスイカに出会える日が来ようとは!

私は祖母を急かし、食べやすい大きさにカットしてもらう。少々の塩を振りかけてもらうのも忘れない。

転びそうな勢いでテーブルに持っていくと、椅子に座るのもままならないままかじりついた。

 

瞬間、世界がはじけた。

何だこれは。甘い。とんでもなく甘い。

これまで食べてきたスイカが嘘に思えるほどの甘さ。明らかに次元が違う。これは本当に私の知っている「スイカ」なのか!?。

あまりの感動から、食べ進める手が止まらない。大玉なれどしっかりと詰まった果肉は一口ごとに圧倒的な幸福感を私に与えてくれる。

なんと素晴らしい、いや、恐ろしい果物だろう。

私は、一瞬にしてこの悪魔の果実に魅入られてしまった。

 

そのあまりに大きなスイカは、家族6人の胃袋をもってしても一度に食べられる量ではなかった。

流石の私の胃袋ももうタプタプになってしまい、残りは翌日の晩に食べようということになった。

このスイカを明日も楽しめると思うと嫌でもワクワクする。人生に約束された幸福があるというのは、それだけで心地が良いものだ。

しかしその時、私の頭に悪魔が囁いた。

「このスイカを独り占めできたらどんなに幸せだろうな……?」

 

しかし、相手が家族とて、そのような行為が許されようはずもない。

いくら私がスイカ好きだと知られていたとしても、決して一人で独占していいものではないのである。

そのような悪事を働けば、母の高速お尻ぺんぺんを免れることはできないだろう。

私は内なる悪魔に対して大きくかぶりを振り、握り拳を携えたまま寝床へと直行した。

 

翌日、私はスイカのことなどひょっと忘れて、友達とのセミ取りに飛び出した。

人間とて太古の昔には狩猟を行っていた動物。体の奥に潜む狩りの本能を満たすのに、ミンミンと鳴く奴らの存在は非常に都合が良い。

私は夢中になって走り、網を振り、ほとばしる汗と共に子供らしい夏を謳歌していた。

 

楽しい時間も束の間、一緒に遊んでいた友達が、お昼から用事があるからと先に帰ってしまった。

まだ日も高かったが、一人でセミをとるのも虚しいなと思って、私も家に帰ることにした。

 

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その日、家には祖母しかいなかった。

父と母は仕事に出かけ、弟は友達の家に、祖父もどこかへ出かけていた。

暇をつぶす相手がいないことに不満を覚えつつも、「まぁいいか、ビデオでも見て時間を潰そう」と私は前向きに考えることにした。

しかしその前に、まずは水分補給だ。セミ取りに奔走した私の体は、炎天下の砂場のようにカラカラだった。

 

麦茶を求めて冷蔵庫を開けた私の目に、それは容赦なく飛び込んできた。

赤い断面をきらびやかに見せつける、美しき半球。昨日の残りのスイカだった。

 

自分の体が緩やかに固まるのを感じる。蘇った悪魔の声に、暑さが理由ではない汗が落ちる。

カサカサに乾いたのどが、自然と鳴った。

 

祖母の方を見ると、風通しの良い仏間で口をあんぐりと空けて寝ていた。

風鈴が、ちりんと音を立てるのを聞いた。欲望が、自制心を押し殺した瞬間だった。

 

今しかない。

 

私は冷蔵庫から赤色の宝玉を盗み出すと、大きめのスプーンと共に自らの部屋へと持ち込んだ。

かけてあったサランラップを外し、おもむろにスプーンを突き立てると、みずみずしく光る果肉を口へと放り込んだ。

爽やかな果肉から溢れた果汁が、乾いた体の隅々にいきわっていく。

舌が歓喜に打ち震えるのを感じた。

やはり、とんでもなく美味しい。

若くしてスイカフリークとなり果てた私は、この悦楽から逃れる術をすでに持ち合わせていなかった。スプーンの往復運動が止まらない。

私は呼吸をするのも忘れて、一心不乱にスイカをかっ込んだ。

 

爆発した欲望の先端を満たすことの成功した私は、一旦スイカをテーブルに置き、慎重に部屋から出ると、キッチンから塩を持ってきた。やはりこれなくして真のスイカフリークは名乗れない。

スプーンを握る前に、テレビとビデオデッキのスイッチを入れる。

入力を切り替え、画面に「ビデオ2」の表示が現れるのとほぼ同時に、セットしたテープの内容が再生される。

賢いネズミと愚鈍な猫が主役の名作アニメーション、『トムとジェリー』である。

 

セッティングが上手くいき満足した私は、テーブル上のスイカに再び注意を向けた。

一度それを持ち上げると、あぐらをかいて座った足の上にせ、抱える様にして固定する。

これで、準備は整った。スプーンを握り直し、再度赤い大地を掘り進めていく。

だらだらとテレビを見ながら、極上のスイカを好きなだけ楽しめる。

その空間は、現実世界に顕現した小さなユートピアに他ならなかった。

小学生にして、私は甘美なる堕落を知ったのである。

 

トムがジェリーに3度コテンパンにされたころ、抱えていたスイカのほぼ全てを私は平らげていた。

「我ながらよく食べたものだ」と自分自身に感心したのも束の間、訪れたのは恐ろしいほどの後悔と罪悪感だった。

………やってしまった。みんなのスイカを、たった一人で食べ尽くしてしまった。

いくら私がスイカフリークだということが家族に知られているとはいえ、今回に至っては「このカブトムシ野郎!」で済む範疇を明らかに超えている……。

バレてしまえば、私の身は無事では済まないだろう。

どうにかして、隠蔽しなければ。

私は己の無い知恵を精一杯絞ることにした。

 

しかし、冷蔵庫からモノがなくなっているという事実を一体どう説明すればいいのか。良策が浮かぶ気配は一向になかった。

 

そして、焦る私に追い打ちをかける様に、体に1つの異変が訪れる。

痛い。お腹が痛い。

きりきりと胃をつまむように始まったそれは、次第にボコボコと腹部全体を殴るような暴力に変わった。

私は急いでトイレに駆け込むと、うめき声を上げながら縮こまった。

原因は火を見るよりも明らかだ。キンキンに冷えたスイカをバカみたいに食べたせいで、私の胃はピーピーと悲鳴を上げるようになってしまったのである。

愚かさ、ここに極まれりと言ったところだろうか。止まらない腹の悲鳴に、私はただただ歯を食いしばって付き合う他なかった。

 

そうこうしているうちに、母親が返ってきた。

玄関に靴があることから、私が既に帰宅していることが分かったのだろう、しきりに名前を呼ぶ声が聞こえる。

その声が私の部屋の前あたりに来た時、声色に明らかな怒りが含まれるのを感じた。

あぁ、終わった。今晩食卓に上がるのはスイカではなく、同じくらい真っ赤に染まった私のおしりになることだろう。

 

結果から言えば、私の罪はそれほど咎められなかった。

さらし首のごとき屈辱を受けるはずだった私のおしりも、なんとか事なきを得たのである。

トイレに閉じこもる私を見るなり、母は怒るのではなく爆笑した。

あんな量を食べるからそうなるのだと戒めはしたが、それ以上の罰は与えられなかった。

この腹痛が、十分にその役目を果たしていると思ったのだろう。その思惑通り、私は半日トイレにこもって、しっかり反省することになった。

他の家族も同様の反応を示し、私はごめんなさいと深く頭を下げることで許しを得ることが出来た。家族の中に私以外のスイカフリークがいたらこうはいかなかっただろう。

 

この一件以来、私はスイカのバカ食いを自重するようになった。

相も変わらずスイカを神の果実と崇めてはいたが、おなかを壊してまで食べるものでもないと、自分を律することが出来るようになったのである。

 

この体験から私が得たものは大きい。

まず、目先の欲に囚われて行動することの愚かさを知った。

後先考えずに快楽に溺れては、必ず後に後悔することになる。あの時の腹痛と冷や汗を、私は生涯忘れることはない。

また、悪さをして得たものはすぐに失ってしまうことも知った。

罪や道徳を犯して得た宝は、しかしすぐに懐から零れ落ちていってしまうのだ。

私の場合、それは懐ではなく下腹部からであったが……(食事中の方へ:申し訳ない。お詫びにスイカジュースを送ろう。)

 

何はともあれ、直情的かつ利己的な、未熟極まりない小学生だった私に、スイカは数多くの教訓を与えてくれた。

私の人生の師の1人と言っても過言ではない存在だ。ただただ、感謝している。

 

今でも、先生は毎夏変わることなくその稲妻模様を我々に披露してくれている。

謙虚な先生にもなると、たった300円で店頭になんでいたりもする。

目隠しした人間に叩き割られても笑っていられるのだから、まったく救いようのないお人よしだ。

 

だからこそ、そんなスイカが私は大好きだ。

 

風鈴と、花火と、スイカと。

粋な彼らと過ごす夏が、今年もまたやってくる。